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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)1068号 判決 1982年12月17日

上告人 岡田あや

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人入江五郎、同高野国雄の上告理由第一点について

一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する二以上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすものであつても、事故が二以上重なつたからといつて稼得能力の喪失又は低下の程度が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。このような場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併給調整を行うかどうかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきであつて、併給調整条項が直ちに憲法二五条違反に結びつくものでないと解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一頁)。所論違憲の主張は、ひつきよう、国民年金法(昭和四一年法律第六七号による改正前のもの)七九条の二第六項、六五条一項、三項、六項(以下「本件併給調整条項」という。)に関する立法政策の適不適を争うものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された法令において、受給者の範囲、支給要件、支給金額につきなんら合理的理由のない不当な差別的取扱をするような内容の定めを設けているときは、別に、憲法一四条違反の問題を生じうると解すべきである(前掲最高裁昭和五七年七月七日大法廷判決参照)。しかしながら、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件併給調整条項の適用により、上告人のように増加非公死扶助料を受けることができる地位にある者と戦争公務扶助料を受けることができる地位にある者との間に、老齢福祉年金の受給に関して差別を生ずることになるとしても、戦争公務扶助料の法的性格に照らすと、右差別が著しく不合理なものといえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論違憲の主張は、ひつきよう、戦争公務扶助料に関する原審の右判断の不当を主張するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一 牧圭次)

上告理由

第一点 原判決は、憲法二五条一項の解釈適用を誤つた。

一 原判決の憲法二五条一項違反の主張に対する判断の要旨は次のとおりである。

「一般の公的年金受給による老令福祉年金の併給制限規定が設けられた趣旨は、現に他の公的年金によつて保障を受けている者に対して重ねて福祉年金を支給することが国民年金制度本来の趣旨に反するし、他の公的年金の受給権者は当該年金制度の充実強化を期待しうる立場にあり、その生活向上はそれに期待するのが本筋であること、および一般の公的年金においても国が相当の財政負担を負つているから、これに合わせて福祉年金を支給することは国の財政負担を重複させることなどにあるから、一般の公的年金受給による老令福祉年金の併給制限規定には一応の合理性があり、かつその併給制限の程度も著しく不合理とはいいえないから、一般の公的年金受給による老齢福祉年金の併給制限規定は、憲法二五条一項に違反するものということはできない。」

二 しかし、原判決の右判旨は、上告人のような公的年金を受給している老令者の生活実態を無視した観念論であつて、誤つている。

老令者の大部分は生活に困窮しており、恩給受給者の八割をこえる人達は最低生活を送ることができない状況にあるのは公知の事実である(甲第一三号証)。原判決も「一般に公的年金の額は、それだけで生活している者にとつては必ずしも十分なものではない……」と認めている(八三ページ)。

憲法二五条一項は、すべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を、国に対する具体的請求権として、保障していると解すべきである。

少なくとも、少額の老令福祉年金程度の所得保障は、一般的に所得能力の低い老令者の「最低生活」を保障する所得の範囲内にある。

各種の公的年金給付(本件の場合には増加非公死扶助料)がそれだけ単独で憲法の保障する最低限度の生活を営むに足りない以上、公的年金受給による老令福祉年金の併給制限規定は違憲無効である。

生活保護を受けていない者は生活困窮者ではないとみるのは早計に過ぎる。生活困窮者で、要保護状態にありながら、資産、収入調査(いわゆるミーンズ・テスト、これは一面私生活への権力の継続的介入でもある)を嫌忌し、あるいは世間体を考え生活保護を受けないでしのいでいる者もままいるのである。

第二点 原判決は憲法一四条一項の解釈適用を誤つた。

一 原判決の、増加非公死扶助料受給による老令福祉年金の併給制限と戦争公務扶助料等の受給による老令福祉年金の併給制限との間に存する差別は不合理で、平等原則に反するとの主張に対する判断の要旨は次のとおりである。

「増加非公死扶助料は、専ら平病死した増加恩給受権者の遺族の生活保障を目的とする点で、他の一般の公的年金とその目的を同じくするのに反し、戦争公務扶助料等は、戦争犠牲者の遺族の生活を保障することと、戦争犠牲者の被つた精神的損害を国家が補償することをも目的とするものであつて、それぞれその目的を異にするものであり、また後者を前者よりどの程度優遇するかについては、国会が戦争公務による死亡者の遺族に対する理解、評価ないし国民感情の変化等の事情を考慮して広範な裁量権のもとにこれを決することができることを考慮すれば、増加非公死扶助料受給による老令福祉年金の併給制限と戦争公務扶助料等の受給による老令福祉年金の併給制限との間に存する差別は不合理なものではなく、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。」

二 しかし、右判旨は基本的な誤りを犯している。理由を次に述べる。

1 老令福祉年金は、原判決も認めるように、老令者に対する公的扶助的性格をもつ所得保障である。

2 恩給法が戦争公務扶助料等の受給者と増加非公死扶助料受給者とを同等に扱わず、扶助料額の面で前者を後者より優遇していること自体の合理性は一応是認できる。

3 しかし、国民年金法が老令福祉年金と他の公的年金の併給調整するにつき、戦争公務扶助料等の受給者を、その他の公的年金受給者より優遇することは不合理である。その理由をふえんする。

(一) 老令福祉年金という所得保障を与えるかどうかをきめるについて、本人の所得を一つの基準とするとしても、重要なのは所得の額であつて、所得の種類ではない。一、〇〇〇円は一、〇〇〇円である。

(二) 国民年金制度発足の趣旨から、他の公的年金給付を理由とする老令福祉年金の支給制限自体は、一応合理性を認めることができるとしても、同じ公的年金給付のうち、戦争公務扶助料等だけを優遇するのはおかしい。

(三) 戦争公務扶助料等には、生活保障的部分以外に精神的損害の補償部分が含まれるという特殊性があるとしても、その特殊性は恩給法自体において年金額が高く定められているという形で実現されている。しかも、精神的損害の補償といつても、それは名目に過ぎず、戦争公務扶助料等の実質的機能は、その全額が遺族に対する所得保障である。

国家補償であれば、その総額は一定金額である筈であるのに、戦争公務扶助料等は遺族の死亡まで支給され、総額が一定しない。これは戦争公務扶助料等が遺族に対する所得保障とみなければ説明がつかない。

(四) 国民年金法の制度目的および老令福祉年金の性格機能からみて、戦争公務扶助料等の特殊性を、老令福祉年金と他の公的年金との併給調整に持ち込む(反映させる)ことは全く合理性がない。

三 原判決は、上告人の本訴請求を排斥する傍論的理由として、次のようにいう。

「なお、仮りに控訴人主張の如く、国民年金法の一般の公的年金受給による老令福祉年金の併給制限規定が憲法二五条一項または同法一四条に違反し、従つて右併給制限規定を根拠としてなされた本件支給停止処分が違法であつたとしても、本件支給停止処分に存した右の違法が明白であつたとは到底認め難いので、所詮控訴人の右主張は失当なものである。」

しかし、右判旨は、行政処分の無効理論についての誤つた特異な見解であつて、納得できない。

行政処分の根拠法令が違憲無効であれば、当然その行政処分も違憲無効となるのであつて、違法が重大明白であるか否かは論ずる余地はない。 以上

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